伊万里トンテントン祭り(伊万里くんち)
伊万里トンテントン祭りは日本三大喧嘩祭りの1つで、伊萬里神社の御神幸祭のことを言います。「トン・テン・トン」と打ち鳴らす太鼓の音を合図に荒神輿と団車が激突し、担ぎ手の勇猛な姿に圧巻されます。
伊万里トンテントン祭り(伊万里くんち)の歴史
仕掛け太鼓の「トンテントン」の音を合図に、ねじり鉢巻の男達に担がれた橘紋の装飾の荒神輿と足紋が施された団車(だんじり)がにじり寄り壮烈に激突する。
これは佐賀県伊万里市で、伊萬里神社の神殿祭に合わせて行われる「伊万里トンテントン祭り」です。毎年10月19日の神殿祭後の金土日の3日間にわたって開催されます。「伊万里供日(くんち)」とも呼ばれるこの祭りは、神輿と団車(だんじり)が激しくぶつかり合う勇壮さが特徴で、日本三大喧嘩祭りの一つとも呼ばれます。最終日の「川落とし」では、双方が組み合ったまま豪快に川に落ち、どちらが先に陸に引き上げられるかを競い合います。
トンテントン祭りの由来はいくつか説がありますが、五穀豊穣を祈願する「香橘(こうきつ)神社」と漁を祈願する「戸渡嶋(ととしま)神社」の収穫感謝の御神幸祭が発端だとするのが最も有力な説です。文政12年(1829年)に有田皿山代官が伊万里郷の各神社の祭礼日を9月23日に統一させたため、近接する2つの神社の氏子の間で巡幸の順序や担ぎ手の取り合いなどの揉め事が発生し、やがてルールに基づいた喧嘩祭りへと発展したそうです。香橘神社が祀る「橘諸兄命(たちばなもろえのみこと)」の末裔が橘正成、戸渡嶋神社の祀神は「玄界灘で遭難した足利尊氏の船を暴風から救った神」という所から、南北朝の故事をなぞり、荒神輿を「楠木方」、団車を「足利方」に見立てた合戦祭りになったと言われています。その後、昭和37年(1962年)に戸渡嶋神社、香橘神社、岩栗(いわくり)神社の三社が合祀(がっし)して「伊萬里神社(いまりじんじゃ)」となった時に、合戦のルール、担ぎ手の役割分担、参加者の禁酒などの規制が作られました。
喧嘩祭りという性質上、その歴史の中で怪我人が絶えず、その都度合戦場所や回数の縮小、禁酒の徹底、参加者の傷害保険加入、神輿の大きさを半分にするなど様々な試みがされてきました。しかし、2006年の団車事故の後に行われた住民アンケート結果により、合戦の廃止が決定し、荒神輿の市街地巡幸のみ実施されるようになりました。それにより祭りに訪れる観光客が激減し、伝統行事の消滅と地域衰退を危惧した市民達は合戦の再開を望み、県内外から1万人近い署名も集まりました。そして検証の上、2011年に「奉納トンテントン」、2012年には「模擬合戦」という安全性をより確保した合戦の形が生まれ、2013年には奉納合戦「川落とし」も再開されました。
九州男児の心意気、伊万里っ子の意地とプライドをかけて、伝統を途切れさせないために安全性を追求しながら続けられる勇壮な喧嘩祭り、それが「伊万里トンテントン祭り」です。
伊万里トンテントン祭り(伊万里くんち)の見どころ
トンテントン祭りのハイライトは合戦になりますが、その主役となる神輿と団車、担ぎ手の役割、合戦に至る流れについて知っておくと、合戦の観覧がより楽しくなるでしょう。
祭り当日、神社に集まった出番町の人々は荒綱を使った伝統的な「綱掛け」で神輿を組み上げてから巡幸に出発します。「出番町」の制度では、氏子地区が「東南組」と「西北組」に分かれ、毎年交代で「お供町」と「合戦町」を担当します。「お供町」は神仕えの町で、白神輿と赤神輿の巡幸に奉仕し、「出番町」が荒神輿や団車を担いで合戦をします。
香橘神社から出されるのは、和魂を祀る「白神輿」と荒魂を祀る「荒神輿」で、荒神輿が合戦に参加します。戸渡嶋神社は和魂を祀る「赤神輿」と荒魂を祀る「団車」を出し、合戦には団車が参加します。ちなみに、団車の上部の5段重ねの布団の5色は「陰陽五行説」から来ていて、上から青が空、黄が風、赤が火、白が水、黒が土を意味しています。
神輿や団車を担ぐ男達の頭を見ると、色とりどりの鉢巻をしているのが目に止まります。まず黄色の鉢巻は「お世話役」で、主に各町内の古老が締めています。黄色を総括する「総括世話人」は紫です。黄赤の鉢巻の人達は「喧嘩大将」と呼ばれ、荒神輿、団車から各3名(正1名、副2名)ずつ選ばれます。そして赤鉢巻の男が若手のリーダー、合戦や巡幸の最高責任者になります。他にも緑の救護班、えんじ色の本部理事などもあります。合戦や巡幸の際、鉢巻の色で分かれた各役割に注目しながら観覧するのも面白いでしょう。
観覧時には、団車の太鼓の打ち方にも耳を澄ませてみてください。迫力の太鼓は場面に応じてその音の速さやリズムが変わります。巡幸時の叩き方は、まず最高責任者が最初に打つ「打ち立て太鼓」、町内を練り回る時に子供に打たせる「道行太鼓」、地面に下ろす時に打つ「納め太鼓」、出番町の人達を集める時に打つ「寄せ太鼓」の4種類です。合戦時の叩き方は全部で5種類あります。荒神輿からの挑戦をうけて組み合うまでに叩かれる「仕掛け太鼓」の音は「トンテントン」の名前の由来になっています。そして、荒神輿と団車が地面に落ちるまでの「せり太鼓」、組み合いが長くなった時の「乱れ打ち」、双方を元の位置に戻す時の「引き太鼓」、そして「追い太鼓」は、合戦場から引き上げる時や団車がもう一度合戦を挑む時に叩きます。
巡幸は「チョーサンヤ(朝廷に参ずる)」の掛け声で先導する荒神輿を、団車が三つ太鼓をゆっくり叩き「アラヨーイトナ」と追って行きます。荒神輿は合戦場に着くと反転し、団車に向かって「キーワエンカ(来れんのか)」と挑発します。それを団車が「まだまだ」と焦らすと、観客達から「煽れ煽れ」と掛け声が上げります。「喧嘩大将」が旗を上げたら合戦の始まりです。はやい三つ太鼓の「カーマエロ」の合図で双方進んで組み合い、激しくぶつかり合います。この前棒を組み合わせ前傾した状態から「競り太鼓」の合図で双方の担ぎ手が一斉に押し上げて、「引き太鼓」の合図で相手を押し倒さずに納めるのが「模擬合戦」、そして予め方向を決めて押し倒すのが「奉納合戦」です。模擬合戦と言っても、そのぶつかり合いの躍動感は迫力満点です。祭りの2日間、市内各所でこの勇壮な合戦絵巻が繰り広げられます。
そして見逃せないのは、クライマックスの「川落とし」。荒神輿と団車が組み合ったまま伊万里川に豪快になだれ落ちる姿は圧巻です。この勝負は早く陸に引き上げられた方が勝利するのですが、荒神輿が勝つと翌年は豊作、団車が勝てば豊漁に恵まれると言われています。
伊万里トンテントン祭り(伊万里くんち)の注意点
祭りの期間は基本的には10月19日の神殿祭後の金土日の3日間ですが、潮の関係などで若干変動することがあるので確認が必要です。開催場所は佐賀県伊万里市の市街地になりますが、神輿と団車の巡幸ルートと合戦場は毎年変わるので公式ページなどで事前にチェックしておきましょう。
伊万里駅へのアクセスですが、電車だとJR博多駅から佐世保線・筑肥線を使って2時間前後、佐賀駅から行くと約1時間です。伊万里駅からお祭り会場のある浜町交差点までは、徒歩3分程度です。車で伊万里まで行く場合は、長崎自動車道を武雄北方ICで降りてから、県道331号線から国道498号線を行くと約30分です。市街地や伊万里駅周辺には、複数の有料駐車場があります。
トンテントン祭りに合わせた週末の2日間、浜町交差点に特設会場が設置され「いまり秋祭り」も開催され、子供みこしの「わっしょいパレード」や「いまり総踊り」が行われます。トンテントン祭りの2日目の巡幸は「わっしょいパレード」の子供達、3日目の巡幸は「いまり総踊り」の社会人が先導します。その他にも伊万里太鼓、ライブ演奏、打ち上げ花火などイベント盛り沢山なので、是非こちらも楽しんでください。なお、祭り期間中に市街地を巡幸する白神輿(香橘神社)と赤神輿(戸渡嶋神社)には伊萬里神社の「和御霊(物事を和め清める神)」が乗り、街中の邪気を清めているそうなので、見かけたらお参りしておきましょう。「川落とし合戦」の会場となる伊万里川の近くには、荒神輿と団車のモニュメントが飾られているので探してみてください。 祭りをもっと知りたい人は、「伊万里まちなか一番館」の中にある「伊万里トンテントン祭コーナー」にも足を運んでみてください。ここでは祭りの写真や資料、ハッピの展示のほか、かつての合戦の様子も放映されています。
祭り有名番付
その他呼び名 | 日本三大喧嘩祭り 伊万里くんち |
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※祭りびと制作委員会による独自評価。対象となる祭りがどのくらい知名度があるか全国調査により格付け。
祭り要素
祭り評価
※祭りびと制作委員会による独自評価。各項目毎★5つが最高評価。☆は詳細が不明のため評価なし。
祭り日程 2018
御巡幸 17:30~20:00
10月27日(土) 本祭初日
御巡幸 10:00~17:00
10月28日(日) 本祭最終日
御巡幸 13:30~20:30
祭りを見る&祭りに参加する
観覧料金 | 無料 | 参加料金 | 無料(一部有料あり) |
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観覧予約 | 必要なし | 参加予約 | 当日予約可 |
来場者層
アクセス
住所 | 佐賀県伊万里市伊萬里神社ほか伊万里市街地 |
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交通アクセス | 電車:JR筑肥線「伊万里駅」から徒歩10分 車:長崎自動車道武雄ICから約30分 |
駐車場
駐車場 | 有料 |
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祭り問合せ
主催 | 伊萬里神社御神幸祭実行委員会 |
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公式URL | http://tontenton.jp/ |